"コラム"カテゴリーの記事一覧
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それは非常に単純な兵器だった
ハイドラのパーツには評価単位改定というものがあり、それはシーズンごとに異なっている。パーツの性能は日進月歩だ。次々とスペックが塗り替えられ、最終的に0がたくさんついた桁数にまで膨れ上がる。そうなった場合、デノミをして分かりやすい数値にする。それが、評価単位改定である。そこで採用されるパーツが最終的に決まる
硬質ダガーは今期より5つ前のシーズンに生産リストから外された。理由は単純だった。硬質ダガーの性能が現行兵器に太刀打ちできないほど弱くなってしまったのだ
パーツの進化は、現行兵器の進化も誘発する。まるで食うものと食われるものが互いに進化し、強くなっていくように。硬質ダガーの生産リスト除外によって涙をのんだ技術者は無数にいただろう
硬質ダガーは非常に単純な兵器だった。カッターナイフがイメージに近いだろう。消耗品の刃を収めた格闘武器で、自らの刀身を砕きながら、同時に相手の装甲を切り裂く。そして役に立たなくなった刃は、火薬で弾き飛ばされ、新しい刃に交換される。まるで装甲に歯が立たず刃が折れ飛んだように見えるが、確かに相手の装甲は切り刻まれているのだ
生産リストから外された兵器はどうなるのだろうか? 進化であったら、絶滅すれば終わりだろう
けれども、人間の感情は絶滅などしない。多くの技術者が歯を食いしばって、硬質ダガーを採用レベルまで磨き上げたのだ。そしてとうとう、5期ぶりに硬質ダガーが生産リストに登録された
何が彼らをそこまでさせたのだろうか。理由はきっと、非常に単純な憧れだったのだろう
評価試験場、はじけ飛んだ消耗刃に向かって走っていく技術者を見れば、だれもがそう思うだろう。笑顔で、走っていく彼らを見れば――PR -
最初はただの箱だった操縦棺が、次第に殺戮兵器のフォルムを形どっていく。それは奇しくも人間の形に似ていた
頭によって光景を得たハイドラは、次に腕を搭載されることとなる。「窒息戦争」と呼ばれる最初のハイドラ大戦が生み出した次なる眼であった
27か月に及ぶ、視界30センチの霧はもはやまともな戦争を生み出さなかった。記録に残っている組織は3つ。それらの組織が互いにハイドラ開発競争の果てに、戦争を起こしたという。すでに失われたパーツ、「領域遮断噴霧器」と呼ばれる戦略噴霧器によって、戦場はその名の通り窒息寸前の霧に包まれた
光学センサーパーツである頭は死に、レーダー搭載頭へと変遷していく。しかし、付け焼刃に他ならない。新たなセンサーが必要だった。生み出されたのは、腕だった
まるで触覚だった。10メートルの腕がハイドラの機体から伸び、深い霧の中獲物を探す。腕が獲物に触れた瞬間。肉薄し火器をばらまく。やがて、格闘武器が生まれた。代表的な武器は「デュアルブレード」「ヒートストリング」である。手数を重視したこれらの兵器によって大破したハイドラが今も発掘されている
27か月のあとに、破局は訪れ、戦争は終わった。霧が晴れた後、横たわる無数のハイドラの残骸はまるで大地を埋め尽くすほどだったという。腕はその時役目を終えたかに見えた。けれども、腕はなんとか技術の継承に成功し、今も命中精度補正パーツとして活躍している
その性能は全盛期のものとは比べ物にならないかもしれない。それでも、濃霧の中、手探りで生きる地獄よりは。キスする相手の顔さえ見えないと言われた地獄よりはましかもしれない
いまでも霧が濃くなると、ハイドラは恐れを抱くように腕を振り上げ、空に向かって手を伸ばす。その腕はどこにも到達することはない。それでかまわないのだ。その伸ばした腕の先、敵を絞め殺すことしかできないのだから -
ハイドラの首は、夢を見る首
操縦棺の発見によって残像領域の戦争は変わった。最大9個の火器をたった一人のライダーによって制御し、圧倒的火力によって敵を粉砕するハイドラは、瞬く間に戦場を席巻した
となれば、研究予算がハイドラに費やされるのは自然なことだった。まず最初に開発されたのは、頭だった。光学センサーを多数搭載し、全方位の映像を接続端子に通して操縦棺内部に伝える装置である。頭がなかったころは、ライダーが操縦棺から身を乗り出して外を見ていたという
今では光学センサーは各パーツユニットに分散され、頭がなくて外を見れないということはない。けれども頭の愛好家はいまでも頭を設置して外を見ている
頭があると人間のシルエットに似るので、愛着がわくという話だ
人間の頭には脳がある。けれども、ハイドラの頭には脳がない。夢は脳で見るのだから、ハイドラは夢を見ないはずである
あるライダーの証言によれば、ハイドラは夢を見るという。彼女はある夜、忘れ物を取りに格納庫へと向かった。真っ暗な格納庫に、一筋の光が漏れる。それは操縦棺内部から漏れた光だった。中に入ると、モニターが映像を映していたのだ!
子猫の戯れる映像を!
映像は一瞬で終わった。ハイドラが目を覚ましたのか、深い眠りに落ちたのか。そのライダーは、次の日猫のステッカーを作り、ハイドラの頭に張ってやった。すると、頭部カメラのワイパーが動いたのだ!
気のせいかもしれない。接触不良の見せた幻かもしれない。けれども、ここは残像領域。少し不思議なことが起こる場所
だから、ハイドラの首は、夢を見る首ということでいいのだ -
HCS(ハイドラコントロールシステム)の中枢である操縦棺は、いかなる機械かまだ全容が明らかになっていない
かつては黒い立方体の形をしており、時代が進むにつれて比較的自由な形に変形を始めた。ボイラーのように水道管やホースが張り巡らされており、各部に水を送れるようになっている仕組みは変わらない。ただ、それが何の意味をなしているかは分かっていない。このオーバーテクノロジーがいかにして残像領域にもたらされたのかさえ、戦乱の中で失われてしまった
操縦棺の中に座ると、さらさらと水の流れる音が聞こえる。それは血管の流れと似ているかもしれない。あるいは、羊水のようだと感じる者もいる。操縦棺に収まったライダーは、まるで胎児のように冷静になる。実際には胎児は暴れるものだが。まるで死を迎える病人のように、すべてを受け入れ、静かな水のような気持になるのだ。出撃とともに、その血液は沸き立つかもしれない。泥水のように濁るかもしれない。ただ、エンジンを稼働させるその一瞬だけは、みな魂の平静の境地に至るのだ
操縦棺に心はあるのだろうか。誰かがそれを思った。不可思議な現象が日々戦場で起こる。パイロットの死体を収めたまま帰還した機体。ひょっとしたら、操縦棺には心があるのではないか。そんな仮説が確かに存在する。操縦棺は何も語らない。ただ、ライダーを包み込む姿は優しく、多くのライダーが死に場所に操縦棺を選んだ
棺の文字は死の予感を帯びたものだけではない。多くのライダーが思うのだ。いつか、自分が最後に眠る場所はここだと。恋人や家族、最も大切なひとでさえも満たされず、最後にたどり着く場所こそこの棺であると