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機械油をさす。
ずいぶんと、メンテナンスをサボってしまっていた
もう五年になる
このマシンを倉庫に押し込んで、五年になる
最後は、喧嘩別れに近かった
マシンに触るのも、見るのも嫌になって
あんなに好きだったミストエンジンの水音も
心をざわつかせるノイズにしかならなくて
「俺は、もうお前とドライブできないかと思っていたよ」
彼は、油に汚れた頬をぬぐい
椅子にどっかと腰を下ろすと
冷めきったコーヒーを思い出したように呷った
***
彼は、かつてハイドラライダーとして三年も戦っていた
夢を抱き、銀色のマシンを駆り
戦場を渡り歩いて金を稼いだ
ライダーのライセンスを得るのは夢だった
猛烈にあがいて
どうにかライセンスを手に入れて
華々しくデビューしたはずだった
しかし、時がたつにつれ
彼は手ごたえの無さを感じるようになった
テレビを賑わす超有名ライダー
伝説の機体に使用されたパーツ
どれもこれも、彼とは無縁の世界だった
いつしか、銀色のマシンが泥に汚れても気にならなくなっていた
「俺は、やれるだけやったよ」
それでも、届かない場所がある
及ばない力がある
そして、決定的な事件が起きた
ミッション中に彼のエンジンがEN枯渇を起こし、
立ち往生してしまったのだ
初歩的なミスだった
それが、彼にとって耐えがたい自尊心の傷となった
機体は回収され、彼は逃げるようにライダーの世界から去った
最後に見たライセンスは、文字が剥げ、シミでよごれていた
それを彼はストーブの中に投げ入れ、全てを忘れることにしたのだ
***
五年が過ぎた
きっかけは些細な引っ越しであった
倉庫の機体……ハイドラを処分することにしたのだ
過去の痛みに耐えながらも、放置するわけにもいかず
彼は倉庫の扉を開けた
五年の歳月は、思いのほか傷を癒していたようだ
そして、彼は、錆だらけのマシンを前にして
大掃除を始めた
身体はメンテナンスの手順を忘れていなかった
もがいていたころは、あんなに面倒に思えたメンテナンスも
五年の空白の後では全てが新鮮だった
「最後に、ドライブしようぜ」
メンテナンスを終え、操縦棺に入る
ミストエンジンの水の音は、彼の骨にまでに静かに染み渡り
彼はしばらく動くことができなかった
「やっぱり、このマシンは最高だ」
贅沢な日々だったことに、ようやく気付いた
身体に完全になじんだ相棒と
泥の中もがいていた日々
「お前は、どこも変わっていない」
奇妙な回転音を響かせながら、するりと倉庫から発進する
「俺の夢は、あの頃から、今までも……何一つ変わっちゃいなかった」
密林の中、錆びたマシンが静かに木漏れ日をかき分けて進む
「錆びついて、変わっちまったのは、俺の方だった」
ERROR
突然、エンジンが止まる
「おいおい、エンストか……俺はまた、やっちまったか」
マシンは、歩みを止めない
「どういうことだ……?」
YOUR SOUL NEVER CHANGE
「本当に……?」
YOU ARE THE BEST RIDER OF MINE
短いシステムメッセージの後、
空調のスリットから出てきたのは
はじめて手にしたときと同じ
銀色の、ライダーズライセンスだった
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