"コラム"カテゴリーの記事一覧
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かつて、一度だけ作製に成功したパーツがあった
彼は真面目なパーツ作製師だった
いつものようにマグスハイドラで戦況をつぶさに観察する
戦場は勉強の場だ。戦っている暇などない
装甲を貫通する威力について
人体の反応速度を超える弾速について
それを実現しそうなパーツの、実際の性能
彼は射撃火器専門作製師だった
狙撃砲を一回だけ発射
それで彼の戦果は終わった
射撃知識の豊富な彼には、よく作成依頼が飛び込む
自分で集めなくとも、最高のパーツが送品されてくる
そして、最高のパーツを作る
ある日の依頼は、違っていた
『この世のものではないほどの、煌めく刀身を持った剣』
発注ミスかと思った。間違えていると
しかし、彼は……ぞっとするほどの、興奮を覚える
「剣を……作ってみたい」
毎日、射撃火器ばかり作る日々
それが求められた仕事
自分の役割
生きる意味
存在価値
それらをすべて投げうって、役にも立たない、最高の芸術品を作る
破滅的行為に、彼はぞっとしたのだ
「やってやる」
その日は眠りを忘れるほどだった
そして一振りの短剣が完成した
黒曜石のように暗く滑らかな刀身。宇宙の星のように瞬く粒子
赤く、燃えるような熱線が張り巡らされた、火花の散る回路
それは物理でもなく
粒子でもなく
電子でもなく
火炎でもなく
……あるいは、霊障でもなく
「恐ろしいものを、作ってしまった」
彼は恐怖した
なぜか、あまりにも強すぎる
短剣を持った彼の機体は、奇妙に振動を始め、ゆっくりと空間を切り裂く
「次元潜航だ」
一瞬にしてテレポートし、不可視の斬撃を放ち、斬壊した機体を見ることもなく
再び次元潜航する
世界中の誰も知らないパーツだった
その影響を考えるだけで、彼は恐ろしくなった
戦友はみな霊障のたぐいだと勘違いしている
だが、それは明らかに制御された機械なのだ
「もう、格闘は作らない」
彼はその刃を見知らぬ土地に捨て、作製は失敗したと依頼人に伝えて、返金とキャンセル料を支払った
夢を見た
夢の中で短剣は海の中へ沈んで行った
海の底で短剣を手招く女
彼女は泡を吹きながら、一つの言葉を発した
「おかえり。超時空圧断裂装置……」
目が覚める
そして彼は、射撃を作り続けた
でも……いまでもぞっとするのだ
全てを捨てる誘惑を感じ
自らを保つ安堵を感じながらPR -
バイオスフェアは広い草原の中心にぽつりと立っている
まるで忘れられたあばら家のように、石造りの小屋が立っているだけだ
それでもなお、要塞として機能するには理由がある
進めないのだ。そこから先へ
近づくものすべてを攻撃するバイオ兵器が、そこら中に眠っている
そう、それこそがバイオスフェアの防壁である
そして再起動によって活性化したバイオスフェアは大きく姿を変えていた
草原は失われ、代わりに現れたのは巨大な密林
残像領域に、植物はほとんど生えない
それは冷涼とした気候に加え、太陽の光を遮る霧が立ち込めているからだ
かつてバイオスフェアに挑んだ冒険家がいた
もちろん、コクーンの出現する前、再起動よりさらに前である
彼はハイドラを駆り、バイオスフェアへと侵入した
バイオスフェアは縦の構造を取る
巨大エレベーターを中心として、まるでアリの巣のように張り巡らされた倉庫への道
バイオスフェアに眠る遺産を夢見て、彼はエレベーターを降りて行った
ノイズ
そして、届くはずのない通信
恐る恐る回線をつなぐと、少女の声が聞こえた
まだ10代だろうか、甘さの残る声だ
「私の記憶を、バイオスフェアに残しておく。これで何度目か分からない。今度こそ成功する。多分、ここまでこれたのは私だろうから、聞いているのは私だと思う。じゃなかったら、私の夢を継いでほしい」
幽霊ではなかった。残存電波だ。電離層に向かって放射した特殊な電波は、電離層そのものを震わせ、記憶として残り、一定の周期で、真っすぐ電波を返す
記憶の元は、このバイオスフェア上空から放たれてエレベーターに差し込んでいた
バイオスフェアの構造を理解した者の遺産だ。冒険家は「夢を継ぐ」という言葉に胸を高鳴らせた。少女が語る夢を聞きながら、彼はバイオスフェアの奥へと侵入していった
彼は、言葉に従って、一つの夢を持ち帰った。誰にも言わなかった。それは、少女の言いつけを守った形になる。幸い、夢は彼のハイドラにドッキングする形で持ち帰ることができた。他にもたくさん違う種類の夢が転がっていたが、数が多すぎて断念した
冒険家は静かに、電波のチャンネルを合わせながら、彼女の声を拾っていた
バイオスフェアを離脱し、夜間飛行で「今」の彼女の元へ向かう
「まるでデートだな」
甘い彼女の声を聴きながら、自動操縦に切り替えて、ぬるいコーヒーの缶を開ける。彼女の語る夢は美しく、彼もまた深く共感した
アラームが鳴る。遠方に機影
「民間機かな、こっちは女の子とデート中なんだ。邪魔をしないでおくれ」
次の瞬間、警告音
反応する間もなく、彼の機体は撃墜された
黒煙を上げて、荒野に横たわる機体。今の彼女は、それを見ていた。スタッフが機体を調査している。乗員は死亡。だが、夢は大きくその形を残していた
「ミスト・アベンジャー……」
彼女は彼の機体名を静かに繰り返した。忘れることのないように、何度も。
夢は、その後、数奇な運命を辿る
当時はまだ研究資材であったその名は、「領域殲滅兵器」という夢だった -
一機の重二輪が野を駆ける
そのシルエットはさながら中世の騎士のごとく
前方に伸びる騎士の槍。それは残像領域を撃ち抜く焼夷機関砲だ
彼は走り続けていた
いつまでも走り続けていた
そして、彼は一人だった
もちろん、最初から孤独だったわけではない
孤独に生れ落ち、仲間を得て、一つのユニオンを設立した
「アンセストラル・ツーリング」と名付けられたそのユニオンは、彼を中心として、10名の仲間が集まった。目的はただ一つ。戦場で金を稼ぎながら、果て無い二輪の旅を続けること
楽しい日々だった。皆が皆、思い思いに金を稼ぎ、思い思いに酒を酌み、酔いがさめれば気が済むまで走り続けた
フルフェイス・ヘルメットの内側に投影された戦況図。彼はその向こうに、いつも輝かしい日々を見ていた。もう二度と、その日々は訪れない
最初の戦死者から、すべてが壊れ始めた。家庭を得て、死を恐れた者。資金繰りに難色を示し、定職に就いた者。夢が色あせて、消えるように去って行った者
いつの間にか、彼は一人になっていた。それすらも、気付いたのはだいぶ後になってからだった
「みんな、はぐれちまったのかよ」
一人呟く。本当ははぐれてしまったのは自分だけかもしれない。この重二輪は速すぎて――車輪にしては、遅い方だったが――自分だけが明後日の方向へと突き進んでしまったのかもしれない
旅は、終わろうとしていた
彼は戦い続けた。どこまでも戦い続けた。膨れ上がる整備費。新規パーツを次々と買い求めなければ、前線で戦い続けることはできない
それが彼にとって唯一の選択肢だった。もちろん前線から逃げることはできる。安全な街で、居眠りしても完遂できるような楽なミッションを選び、惰性のままのろのろと歩いてもよかった
その方が幸せだったとしても、彼には受け入れがたい幸せの形だった
「みんな、同じ夢の形じゃなかったんだ。俺の夢の形は……この流線型の重二輪だったんだ」
もはや、彼の貯金は燃え尽きようとしていた。旅が、終わろうとしていた。受け入れがたい夢を押し付けられて麻痺するか、それとも――
『スキャン開始……ターゲット確認。迎撃してください』
一機のミサイル戦闘機が視界に映る。真っすぐに突っ込んでくる。交錯する瞬間、彼の焼夷機関砲が火を噴いた! ……が、あっけなく、それは途切れてしまった
『残弾0.リロードを開始します。敵ミサイルを感知。迎撃……失敗、失敗、失敗、失敗……』
無機質なシステムメッセージ。彼は眼を閉じて、小さく息を吐いた
「俺の夢の形は、永遠だ……これで、永遠に――」
流線形とは言い難い彼の破片は、炎と共に荒野を転がり、やがて砂礫の一つとなって、ただただ静かになっていった -
回復という現象がある
ハイドラの機体が癒える現象である
今日も段ボールいっぱいの支給物がドックの荷物置き場にしこたまぶち込まれて通行不可能にしてしまう
これは組織からの支給物である。中身は全て同じの大量発注物。自分では選べない。これを組み合わせて、パーツを作る
ハイドラのパーツは訳の分からない仕組みで動く。骨と皮だけでできた腕、張りぼての頭、電源につながっていないFCS、さび付いたブースター
そんな動くわけのないガラクタが、HCS(ハイドラコントロールシステム)によって生命を吹き込まれる
まるで血が通ったように、原理も機構も無視して稼働する。そういう機体が多い。だからこそ、製作者は何も考える必要がないのだ。何も考えずに、適当に組み立てる
「今日も売れなかったよ」
遺影に向かって語りかける青年が一人。彼はいつもナノマシンばかり配達される。しょうがないので、ナノマシンの詰まった瓶をおまじないに入れて、パーツを作る
一般的に、回復機構は不人気だ
まず、戦果に直結しない。一人でのほほんと傷を癒していても、誰も褒めてくれない。そして、生き延びたいなら頑丈なパーツを組み込めばよい
誰もが彼を無視した。だが、彼のパーツを買ってくれたひとがいた
今では遺影の向こう側の彼女。駆け出しのライダーだった彼女
「いいんだ。君だけに買ってもらえたら、僕の一番はずっと君だけだ」
青年は笑い、ナノマシンの詰まった段ボールを器用にカッターで開封する。すると、そこにあったはずのナノマシンは、いつもと様子が違っていた
白い粉のナノマシンは、なぜか銀色に輝いている
「まるで月の光みたいだ」
新しいパーツのイメージが浮かぶ。シルバームーンのヘルメット。ガラクタのドームにナノマシンを振りかけて完成する。さらさらさらと、ナノマシンを振りかける
すると、目のあたりで銀の粉は光の筋を作った
「泣いているみたいだ」
ヘルメットに表情があれば、泣いていただろうか
「僕は泣かないよ」
ナノマシンはドックに流れ込んだ隙間風にあおられて、消えていく
「回復は僕の心を癒して、それから……あいつのことを思い出させるんだ。だから、僕は何度でも……回復できるんだ」
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リソスフェア要塞は陥落した
機動DR部隊の波状攻撃を受けて崩壊寸前であった防衛ラインになだれ込んだのは、無数のハイドラ大隊であった
戦略地図の浮かぶ薄暗い部屋で、メルサリアはにやりと笑みを浮かべた
身体は10代の少女に見える。だが、その知識は1000年の古狐と同じである。それは完璧な人間を意味するものではない。老人の思考が衰え晩節を汚すことの多いように、メルサリアの思考にもほころびが出ていた
「もうすぐ、もうすぐだ」
まるで子供のような無邪気な笑顔。知識こそ完成していたが、彼女の思考はむしろ見かけ相応になっていた
「再起動技術、リソスフェアの遺産。私はそれを手に入れた」
子供は手に入れたおもちゃをすぐに使いたくなる。メルサリアも同じであった。戦略地図は目まぐるしく変わる。ハイドラ大隊が中枢に踏み込む、わずかばかりのトーチカを生成した後、防衛戦力は沈黙した
それはすでに1週間前の出来事。子供が同じビデオテープを何度も繰り返し見るように、メルサリアはそれを幾度となく繰り返す
再起動技術
それは残像領域に残された遺産である。一度滅びたものが、再び全盛期の力を取り戻す。その原理はもちろん分かっていない。クローン技術も、再起動技術を応用しているとされている
基礎が全く抜け落ちた、応用だけの分野である
一度撃墜された機体と、同じものを用意できる。おそらく、マーケットの主は再起動技術を完璧に保持しているだろう
メルサリアはそれが気に食わなかった
彼女はかつて一度だけ、マーケットの主と接触した。そして、「応用」だけを教えられた
「教えられるのは、それだけだ。知識の中枢には、お前の独力で辿り着くがいい」
1000年がたち、いまだ彼女は知識の底へたどり着いていない。宇宙の仕組みの基礎が分からず、応用された事象だけを観測できているようなもどかしさ
その片鱗を、手に入れた
「リソスフェアの再起動は、物質の再起動だ」
メルサリアは、少女の目を少年のように輝かせる
「再起動は一つじゃなかったんだ。恐らく、バイオスフェアにも、ストラトスフェアにも、イオノスフェアにも、再起動技術は存在する。それらをすべてつなぎ合わせることで、原初の再起動へとたどり着くことができるんだ」
メルサリアには、取り戻したいものがあった。それは、すでに滅び去ってしまったもの。それも、1000年よりはるか昔に
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一機のハイドラが、リソスフェア上空から降り立った。メフィルクライアの指揮統制用ハイドラだ。最新鋭の戦闘システム、コネクトシステムを搭載した実験機である
「やれやれ、派手にぶっ壊しましたね」
フルフェイスヘルメットの奥の表情はうかがえない。モニターすらない操縦棺内部は闇に包まれ、無数の計器がグリーンに点滅していた
「でも、壊れないものなんて、食べないでいるケーキみたいなもので、いずれ腐ってしまうんですよ」
誰に聞かせるまでもない言葉。彼女はいま機嫌がよかった
リソスフェアの死の大地、不毛の峡谷に、再起動の影響であろうか……
要塞の跡に咲いた花は、霧に浮かぶグラジオラスであった