"コラム"カテゴリーの記事一覧
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「みろ、前線は地獄だぜ」
霧に隠れる機影。戦う意思の見られない機体。彼らは別に戦友が死んでも何とも思わない。むしろ好都合とさえ思える
無敵の装甲を備えたバーサークにも、弱点はある。装甲を貫く敵の最大火力。受けるたびに零れ落ちる装甲の破片
「俺たちのために戦ってくれているんだ」
「嬉しいね」
僚機を組んだ二人は傍観者である。ただ、暇を持て余しているわけではない。彼らは「マグス」。超常の力をその身に蓄えている。身体はできるだけ動かさない方がよい。機体も同様だ。機体を一つの超常的な回路に変えている。だから、動かない方がよい
「やぁ、また一人死んだぞ」
「その調子、その調子」
彼らは決して評価されない。誰もが戦場の芋虫と笑う。それでも良いのだ。彼らには目的がある。彼らは仕上げるのだ。唯一無二の機体を
胡坐を組み、瞑想する男。祈りのごとく身体をしならせて、虚空を見る女。あるマグスは戦場で歌を歌うという。あるいは遊んでいる、動画でも見て笑っている。あるいは、絵でも描いている
そうやって、「降ってくる」のを待つ。彼らの創造するパーツは、まさに神業と言っていい。超常の力がもたらした、想像を絶する想像の産物。意識の外側からもたらされた秘密。マグスはそれを知っている
「やぁ、俺のパーツが吹き飛んだぞ」
「あらら、自信作だったのに?」
「いいや」
男は目を開く。ただ戦うだけが戦場ではない。彼らの戦場はマーケットだ。別に、殺し合いだけではない
彼らは、知りたいのだ
自らを超えた力を
「やっぱり自信作だよ。だって、壊れる瞬間すら美しいのだもの」PR -
戦場は危険だ。けれども自ら危険に飛び込み、極限に舞う者たちがいる。彼らを、人はバーサークと呼んだ
バーサーク、またの名をベルセルク。熊の毛皮を着た戦士
霧のバーサークは分厚い装甲の毛皮を着る
テンペストの射撃は正確無比。鈍重な機体などいい的である。その射線を遮るように躍り出る影
「こっちだ! 撃ってこい! お前の自慢の武器を味わわせてくれ!」
しびれを切らしたテンペストがプラズマ砲を発射する。その粒子は、特殊な磁力を帯びた装甲に弾き飛ばされ、霧散した
「助かる!」
「そのまま助けられていろ! 報酬はいただきだぜ」
火力と火力がぶつかり合う鉄火場で、焼けた鉄靴を履いて踊る、狂気の護り手
彼らは何を守るのだろうか、それは副産物に過ぎない
彼らは一つの意思を持っている。何度打ちのめされても立ち続ける自分に、憧れを抱いている。だから
「俺は絶対に墜ちることはない」
その自分自身の機影がある限り、彼は墜ちることはない。迷い、苦しみ、さまよい続ける自分を、その駆動音が何度でも奮い立たせるのだ
毛皮を纏い、弱い人間を隠し、野生を帯びる
――いつしか彼は、毛皮とひとつになる
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残像領域は、いつも霧と共にある
パンは数日でカビてしまう。だから、できるだけ素手で触れないようにする。でも、案外カビてしまう
一人の青年が、かびたパンのかびをナイフでこそぎ落とし、オーブンにぶち込んで滅菌した。パンが焼ける間に、すっかり湿ってしまった新聞を開く
霧笛が聞こえる。視界の悪い世界で、大型浮遊艦が恐る恐る、衝突しないように進んでいるのだ。青年は霧の向こうから美少女が突っ走ってきてぶつかるのを想像した。きっと彼女のくわえたパンもカビているはずだ
「let's go with mist ~♪」
調子はずれの歌を口ずさみ、レバーを引く。ミストエンジンがうなりを上げ、霧心室の霧粒子をミキサーのようにかき混ぜる。水温が上がる前に、霧粒子は残像平衡状態になり、マシンに力を与える。彼は別にその原理も知らない。ただ、
「ご機嫌だな」
それだけは分かる。そして、それがいちばん重要だということも
霧が何なのか、はっきりわからない。水の粒子がどうして漂い続けるのか。どうしてそれが空気中でハニカム状に連鎖した構造をとるのか。けれども、その機嫌はよくわかる。残像領域に住まう者たちの勘だ。オーブンの熱が操縦棺内部の室温を上げる。少し肌寒いから、これで丁度いい。ヒーターよりも、料理ができる点で優っている
目標、大型浮遊艦。ジャンクハンターは時としてハイドラを駆り、大物を狙う
「残念ながら、お前が衝突するのは美少女じゃない。かびたパンと、一本の杭だ」
大型パイルを構え、彼はブースターを起動させる!
「行こう、霧と共に」
オーブンのパンは、すっかり焦げていた -
ハイドラの大きさはまちまちである。大きいものでは20メートルほどあるが、4メートルほどの大きさしかないものも存在する
パーツは注文してから全てオーダーメイドで作られる。まるでスーツを仕立てるように、機体に合った大きさのパーツが届く
職人がいるのだろうか、それとも全自動の機械が存在するのだろうか。マーケットの主は多くは語らない。ただ図面を受け取り、注文を受け付け、来週にはトラックに乗ってパーツが届く。その工程は謎に包まれていた
一人の少年がサンタを信じ、マーケットの主に手紙を出した。彼の描いたつたない大型ハイドラの絵。青年になった彼が忘れた夢の機体
「ライセンスを、僕に……?」
案内されてやってきたレンタル格納庫には、普通の、汎用ハイドラの機体が鎮座していた。そこでようやく青年は、サンタを思い出す
背後にゆっくりと開く格納庫の扉
「メリークリスマス」
トレーラーの荷台には、余りにも大きく、不格好で巨大なプラズマ砲が乗せられていた。トレーラーの運転手は煙草をふかしながらにやりと笑う
「注文通りだ。悪いな、注文は1件だけに限定されているんだ。ただ、他のパーツは……」
運転手が手渡したしわくちゃの手紙。それは、紛れもなく。
「他のパーツはこれから、お前が追いかけていけばいい」
彼のプラズマ砲は、どこまでも高く、到達する。子供の発想のままの性能が、確かに実現されていた
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「大きくなったら、ハイドラライダーになるんだ」
夢。残像領域に漂うミルクのような、甘く、濃く、息が詰まるような夢。ハイドラライダーは特権階級である。ライダーズライセンスという資格があり、ハイドラに乗れるものは限られている
ライセンス獲得の門。それはどこに開いているか分からない。黒いスーツのエージェントが突然現れ、何の準備もしていなかった夢見がちな者にライセンスを与える。あるいは試験がある地方もある。高額で取引されている地方もある。いつの間にか引き出しの中に入っている場合もある
「どうして……こんなにも、求めているのに……ライセンスが手に入らないんだ」
ライセンスを持ったものは、マーケットに出入りすることを許される。マーケットにはハイドラのパーツが並び、そのパーツを集めれば簡単にハイドラは組みあがる
パーツの価値はいくらほどだろう? 実際には、たいしたことはない。あえて日本円で例えれば、1つのパーツは4万円分のクレジットがあれば最低レベルのジャンク品が手に入る。仮設操縦棺、仮設脚部に至っては無料で手に入る
それは組織から……誰も、何の組織か分からない、マーケットの支配者からの補助金があるから、ライダーの負担は限られているのだ
「結局は夢なんだ。ライダーになるなんて、夢だったんだ」
一人の男がジャンクの山から錆びた部品を拾い集め、籠一杯にして住処へと戻った。少年は大人になり、霧が晴れたようにおとぎ話を捨て、大人になった
男は巨大な人形を組み立てていた。操縦棺に見立てた箱。ガラクタをつなぎ合わせた脚部。それだけの人形。男は夢を捨てた。けれども、男は満足はできなかった
こうして行き場を失った思いを虚像に託し、ようやっと安らぎを得ていた。操縦棺に横になり、うとうととまどろむ。夢が潰えても、幼き頃聞いた、ハイドラの咆哮はいつまでも耳に残っていた
それは幻聴ではない。あの時、心を砕いた叫びは確かに存在していた。ライダーになって、戦場を駆ける自分。いまの、ジャンク漁りの自分。二人は、どこで道を間違えたのだろうか。あの時、二人は確かに一つだった
『HCS、認証に成功しました。ようこそ、メンテナンスモード、開始します』
機械音声で目を覚ました男。すぐに、眠気が吹き飛ぶ。ただの箱だったはずなのに、壊れたモニターには電源すらないはずなのに、グリーンに発光しシステムログを流している
そのモニターには、無造作にガムテープで、銀色に光るライセンスカードが張り付けられていた