"グレムリンズギフト"カテゴリーの記事一覧
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……
いつまでも到達しないのは苦手だ。いつかは辿り着いてほしい。できれば早く。誰もがそう思うだろう。そして、私もそうだ。しかし、全速力で行けるかというと、そうではない。ひとは、どこが最短距離か掴むことは難しく、体力は有限だ。
「見定めなければならないな」
私はそう思いながら、この植物園の中にいた。心地よい日差しがガラスの天井から降り注ぎ、奇妙な植物の群生を照らしている。たしかに、最高の瞬間だろう。花の香り、湿度の高い空気。木々の匂い。生命に溢れた場所だ。そして、ここに入れるのは限られた人間のみ。優越感、至福の感情が沸き上がってもおかしくはない。私以外は。
「カザミサ。不服そうだね」
一人の男が草を踏みわけながら歩いてくる。私はこの男をあまり知らない。一つ言えることは、この男の名はケイジキーパーNo.2《リヴ》。テイマーズケイジ中枢に名を連ねる男。それ以外は、よくわからない。納得はできない。こんなところに呼び出しておいて。
「植物に興味はないです」
興味があるのは、もっと心を輝かせる何かである。決して、こんな緑の湿った静かな生き物ではない。No.2は――《リヴ》というのはあまり呼ばれる名ではない。皆彼をNo.2と呼ぶ――は、隣に生えている大きな草よりも頼りない痩身を、まるで木の葉のようにひらひら動かしながら大げさにジェスチャーした。
「ああ、何たることだ。ここの植物たちは、コンテナからかき集められた種子を幾重にも連なる研究でもって発芽させた、奇跡の――異世界の生き物だというのに」
「興味はないですね。食べられるのなら、味は気になるけど」
雑談に興味はない。見定めなくてはならない。最短距離をだ。すなわち、無限の果てに見える世界を。
「今日のご用件は何でしょうか」
「そう他人行儀にならなくてもいいよ。選ばれた君には、選ばれたなりの――力がある」
No.2はシャツの胸ポケットから一つのカードを取り出し、私に手渡した。それは銀色に輝いていた。ただの金属のプレートに思える。表面には、9999の刻印。なんの意味があるのかはわからない。No.2は、その疑問に答えてくれた。
「ダスト・グレムリンのライセンスだ。正式に発行された。表面の刻印は君のFPだ」
「FP……」
フェイタルポイント。運命到達点。死への距離を表したものだという。No.2はいつものようにニコニコと笑って、ひらひらと舞うようなジェスチャー。
「君は絶対に死なない。ダスト・グレムリンに選ばれたのだから」
私はぎょっとした。No.2が一瞬酷く悲しそうな顔をしたのだ。見間違いだろうか。いまは、ニコニコとしている。
「何なんです?」
「何が?」
「ダスト・グレムリン」
No.2は困ったような顔をした。言葉を選んでいるのだろうか。しばらくの沈黙。鳥の鳴く声。植物園の住人だろうか。やがて、徐にNo.2は口を開く。
「虚空領域永劫化――まぁ、つまりは、この世界を……」
「世界を?」
「永遠にする、ということだよ。虚空領域は永遠になる」
意味が分からないが、ひとつの兵器がそのようなことを可能にするというのだろうか。そのとき、No.2が何かを呟いた。聞き間違いだっただろうか。
「いま、なんて?」
「いや、何でも。ただ、これは契約違反なんだけど、フェアじゃないと思ってね」
「何のことか分かりません」
「分からなくていい。いまは。言葉は遅延して届くはずだ。僕がいなくてもね」
また何を聞いてもはぐらかされそうな気がして、私は口をつぐんだ。No.2はにこりと笑って、その場を後にした。先ほどの呟きが、渦巻いていた。
《君も永遠になる。君以外の全てを到達させることで》
到達……死をも意味する言葉。そんなことはないと思うほかない。自分以外の全てが……死ぬことなどないのだから。
>>next sectionCPR -
……
たどり着く場所がある。私には、いつか、辿り着く場所が。だが、それがどこかはまだわからない。分からないまま歩き続ける。歩き続ければ、いつかたどり着く気がする。そう、無限に等しいほどの時間をかければ、たどり着けない場所などない。
そう信じている。私はただの人間であり、滅びゆく世界に滅びゆく身体を持って生まれた。誰もかれもが、滅びに向かって歩いている。そしてどこにもたどり着けないまま、不本意な死の終着点で旅を終える。私は、まだたどり着けそうにない。
私は、共に歩む少年の影を追い求めている。彼と一緒にたどり着けたら幸せだろう。彼は、いつも私のことを見守ってくれていた。そして、微笑んでくれた。だから、彼にも見せてあげたい。私のたどり着く場所を。その展望を。私は予見する。素晴らしい眺めを。いつか見るはずだ。漠然と、そんな希望を抱いている。
しかし、いま、私の隣に少年はいない。ずっと昔に別れたままだ。どこで何をしているか、生きているか死んでいるかも分からない。けれども、彼も歩き続けているだろう。そう信じている。いつか、出会うはずなのだ。無限に歩き続ければ、いつか巡り合う。そして、たどり着く。
見たい景色がある。世界で、一番美しい瞬間だ。私のたどり着く場所というのは、そういった場所だ。なんのために生きるのか。その答えだ。人生で、必ず巡ってくるだろう。人生最高の瞬間というやつだ。私はそこにたどり着きたい。私が生きた中で、最高に美しく輝く瞬間だ。そして、誰よりも美しいものを見たいと思う。だから私は、無限に生きて、無限の中で最高の瞬間、無限の頂点を見たいと思う。
そのためには、無限に生きる必要がある。
だから、私は――ダスト・グレムリンのテイマー選別試験に挑んだ。
そして……選ばれたのだ。
……
Gがかかる。グレムリンの急速発進は慣れないものだ。カタパルトで射出された機体が、重力を捉えてどこまでも飛んでいく。
良く晴れていた。高濃度粉塵の姿はなく、珍しく水平線まで見渡せる。テイマーズケイジ、第七航空戦隊、六番機。決して偉い序列ではない。グレムリン航空戦隊の末席。それが、教室の窓際の席のように心地よい。それは、ダスト・グレムリンへの素養を認められても変わらなかったことが、秘かにうれしかった。
「眼下に海が見えるよ」
「海なんてどこにもあるだろう」
管制の声も気にせず、いつものセリフを言う。海を見下ろすのは好きだ。私は、いつも海を見ている。あの時もそうだった。私はシルエット・グレムリンに乗り、選抜試験を受けた。そして……トラブルはあったものの、無事帰還し、素養アリと告げられた。
今はこうして、ダスト・グレムリンに乗っている。この機体に乗るためにテイマーズケイジに入ったのだが、面白いように話は進み、そしてこうしてダスト・グレムリンに選ばれている。挑んだ同僚は100人弱。ケイジの外にも募集をかけ、1000人は集まっただろうか? とにかく、狭き門だった。
「ダスト・グレムリン。異常なし。アルファからフォックストロットまで全パーツ、正常機能」
「よろしい、今日はこのまま帰還だ。いいデータが取れた」
「帰るの早い」
「ああ、またハイドラが出たらたまらないからな」
「ハイドラ……」
あのとき、現れた謎の未確認機。ニヤリと笑い、唇を舐める。
「また撃破すればいいじゃない。あの時のように、何度でも」
「バカ言うな、あんな奇跡何度も起こせるか。ミサイルを全弾避ける。的確に関節を狙う射撃。最後は背中を切りつけて撃破。目を疑ったよ。お前単騎だぜ」
「できるさ」
できるはずだ。私は無敵だ。わたしは不滅だ。だって、まだ私はたどり着いていないのだから。しかし、なぜだろう……あの時、ハイドラを撃破した時に感じた、強烈な空虚は。私の全てを食らいつくすような、空虚。
いつか分かるかもしれない。ハイドラは強い。いつか再びまみえるだろう。無限の旅の途中で、幾度となく。
「6番機カザミサ。これより帰還する」
大きく旋回して、私は眼下の空母を目指した。
空は奇妙なほど晴れていた。あの時の霧を感じさせないほどに――。
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