"グレムリンズギフト"カテゴリーの記事一覧
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その日は空を覆いつくす粉塵がどんよりと暗く湿っていた
ずっと昔の話だ
私は子供で、「彼」もまた子供だった
いま、「彼」は何をしているのか
たまに思いにふけることがある
そう、今のように
「カザミサ、きみは……選ばれたんだね」
「あんた、誰なの?」
最初の言葉は、不思議な言葉だった
その少年は、カザミサを見るなり、そう言ったのだ
「ぼくの名前は嘘だから、教えても意味がないよ」
「じゃあ、何て呼べばいいの」
「……『シャドウ』、そう呼んでいいよ」
どこで出会ったか、記憶が定かではない
私の周りには無数の大人たちが群れている
顔は思い出せない
ただ、皆深刻そうな顔をしていたように思う
彼――シャドウは、ニコニコと私を見守っていた
周りの大人たちとは違い、心から私を……
祝福していたように思える
「シャドウ、あなたはどうしてガラス壁の向こうにいるの」
「だって、ぼくは嘘だからさ。本物の君には、触れられない」
「何なのそれ」
最初は不愉快だった
ニコニコと見透かすように私を見ていた
ただ、その表情の向こう側には、確かな敬意を感じていた
他の大人たちは、怯えていた
まるで繊細なガラス細工を触るように、私にいくつも針を刺していた
そして目を見開き、不思議な機械を凝視していた
シャドウは、私に触れなかった
ただ、毎日のようにガラス壁の向こうに現れて、
ニコニコと私の話し相手になってくれた
「おとぎ話をしようか」
「そんな歳じゃない」
「昔々、あるところに……」
「きいてないし」
「あるところに、一つの箱があったのさ」
「それは開けてはいけない箱と言われていたんだ」
「ある日、いたずらな子供が、その箱を開けてしまった」
「何が出てきたと思う?」
「邪悪な悪鬼さ。全てをめちゃくちゃに破壊してしまった」
「悪鬼は邪悪な脚で世界を14日かけて駆け巡り、14の国を滅ぼした」
「子供はずっと泣いていた」
「でも、気づいたんだ。悪鬼が出てきた箱には、魔法がかかっていた」
「子供は願った。世界をもとに戻してよと」
「その瞬間、大きな蛇が箱から現れて、悪鬼を飲み込んでしまったんだ」
「悪鬼は飲み込まれる前に、一つの呪いを残した」
「何度でも蘇って、蛇殺しの魔法で、世界を滅ぼすと」
「蛇は言い返したのさ」
「悪鬼の鎧と悪鬼の剣は、壊れてしまうだろう。誰を傷つける前に、悉く」
「そして蛇は大地に横たわり、世界になった」
「世界はやがて、箱を見つけて、悪鬼を呼び戻す」
「そして蛇はまたそれを食らい、世界へと姿を変える」
「そんな追いかけっこを、ずっと続けているのさ」
私は聞いたことがあった。古いおとぎ話だ
蛇の呪いが、機械を故障させると、よく言われた
それは《霊障》と呼ばれていた
悪鬼の棲む機械が、呪いを受けて壊れるのだ
グレムリンズ・ギフト……
悪鬼からの、不幸な贈り物
私の記憶はいつもそのおとぎ話で終わる
シャドウが現れると、彼はこっそり私にチョコレートをくれたり
面白おかしい話をしてくれたり
いろいろと他の楽しいことはあった
でも、そのおとぎ話を語るシャドウの表情は悲しげで
それだけが強く印象に残っている
「どうして笑わないの? いつもみたいに」
「ぼくは悲しいのさ」
「おとぎ話を話すことが?」
「蛇と悪鬼は、ずっと一緒になれない」
「そういう話だからね」
「本当は、仲良しなんだよ」
「そうなの?」
「悪鬼はまだ、幼いんだ。世界を救う方法を知らない」
「泣いている子供も、全てを飲み込む蛇のことも、本当は好きなのに」
「何も知らない子供だから、何もかもを壊してしまうんだ」
「でも、君は違う」
「もし君が悪鬼に出会って、教えることができたなら――」
「悪鬼は知るのさ。世界を救う方法を」
回想はいつもそこで終わる
世界を救う
それが何を意味するのかは分からない
私は今、世界を救えるだろうか
何かを知っている者たち
動いていく世界
滅びを知らない機体
私の鋭すぎる””直感””
何を意味するのだろうか
それを知りたいと思った
だからいま、私はこうして……
テイマーズ・ケイジの中枢に忍び込もうとしている
>>next sectionBPR -
誤報かと思った
信じがたい情報だった
植物園でいつものように、前線の情報を見る
そこに記されていたのは自由傭兵たちの戦果
すさまじい戦果だ。戦死者、ゼロ
「君が来る頃だと思ったよ」
背後から声。柔和な声は、いつものように静かに響く
ケイジキーパーNo.2《リヴ》
彼は、私の前に回り込んで、柳のようにゆらりと椅子に座る
テーブルを挟んだ向こう側で、明後日の方向を見ている
「何がしたいの」
「感想を聞きたくてね」
「まぁ、凄いんじゃない?」
《リヴ》は鋭い目でこちらを見た
何かを見透かそうとしている
そんな目だ
「直感を聞きたいんだ」
「そうね」
私は記事をテーブルに置いて、《リヴ》から目をそらした
植物園はいつものように緑と赤と黄色、少しの紫で彩られている
「作為的なものを感じる」
「ほう!」
《リヴ》に視線を戻す。まるで子供のように輝いた眼
「作られている。この戦闘は。いや、八百長というわけでもなく」
「分かる、分かるよ」
《リヴ》は十分だとばかりに立ち上がり、森の奥へと歩いていく
私は疑問を投げかけずにはいられない
「教えてくれ、この戦闘は一体何なんだ?」
《リヴ》が立ち止まる。振り返りもせず
「あえて言うなら」
森の空を見上げる《リヴ》
「作られたのは、戦闘だけじゃない」
「いや、あまり言うべきではない。嘘がバレてしまうからね」
「でも、嘘をつくのに疲れてきたのかもしれない」
「僕は《キィル》とは違う。こんな、嘘で固めた世界に……」
「なんの価値も見出していないからね」
まるで独り言のようにつぶやく《リヴ》
私は目を凝らした。彼の周囲が、ぱちぱちとひび割れていく
彼の向こう側に、何かが覗いた気がした
何かが……
「そう、作られたのは、《世界》だ」
何かが弾ける音がした
気づけば、去っていく《リヴ》の後姿はだいぶ小さくなっていた
先ほどまでの独り言は何だったのか
何かの幻覚だろうか
しかし、記憶にこびりつくのは、亀裂の向こうに覗いた世界――
植物園の全てが枯れ果て、錆で汚れ朽ちた船内が
一瞬、見えた気がしたのだ
>>next chapter3『潜入』 -
……
私は暇さえあれば、前線の情報をしらみつぶしに読み漁っていた
グレムリンは無敵の兵器であったが、
世界の脅威たる未識別機動体はそれを凌駕する異常だった
信じがたいことに、グレムリンと互角の戦力なのだ
グレムリンと1対1で戦ってようやくいい勝負になる
もはや、グレムリンなくしては対処できないほどだ
現在、グレムリンは広く普及している
それでなんとか、世界の均衡を維持できている
テイマーズケイジ直属グレムリン
三大勢力直下のグレムリン
企業抱えのグレムリン
そして、自由傭兵のグレムリン
そのすべてが未識別機動隊との戦いに繰り出されている
戦いは膠着状態のままじりじりと消耗を続けている
報告書に踊るテイマーズケイジの悲鳴
三大勢力の恨み言
企業の言い訳
そして、自由傭兵たちの死
私は読むことに疲れ、顔を上げた
植物園の緑が私を出迎えてくれた
私は暇になれば、いつもここにきている
そして「読書」をして、日が暮れたら帰る
たまに出撃しては、未識別機動隊を一掃する
この奇妙な生活にも慣れてきたのかもしれない
「むっ」
近くで鸚鵡が飛び立ち、風が巻き起こり、書類が風に舞う
「おや」
書類を拾う手が止まった。気づかなかった記事
「ヴルッフ……グレムリン傭兵を大量雇用……?」
ヴルッフ。世界最大の資産家。グレイヴネットの支配者
そして、それ以外のすべてが不明である
ヴルッフは傭兵を大量に集めていた。ヴルッフの情報には奇妙な点が多かった
資金供与、物資供与を拒否
戦力の提供を主張
しかし、私兵は動かさず、自由傭兵に固執
しかも――
「ダスト・グレムリン選抜試験の試験者リストを要求?」
私は、背筋がぞくりと冷えるのを感じた
底知れぬ「何か」が動いている
それが、なにかは分からない
いすれにせよ……
私の直感は、あらゆる状況において正しい、ということ、だ
>>next sectionC -
……
「グレムリンは最強の兵器だ」
整備士が言う。ドックの中には彼と私しかいないので、てっきり話しかけられたのかと思ったがそうではないようだ。整備士は自分に言い聞かせるように言う。そう、このグレムリンを見上げて。グレムリン……発掘され、解析された、驚異の兵器。
「こいつの可能性は、無限に続いている」
このグレムリンは確かに強い。強すぎる。現行の兵器では全く相手にならない。軍艦の主砲は当たる前に謎の壁に阻まれ弾き飛ばされる。いや、当たる前にすさまじい機動力で反対側へと駆け抜けてしまう。ドローンや他の小細工は全て同様に蹴散らされる。もはや無敵だ。七月戦役で見たのは、一方的な蹂躙だった。テイマーズケイジのゴースト・グレムリンはそれほどまでに強すぎた。強すぎたのだ。
「おれはグレムリン大隊を目にしたとき、そう心底思ったよ」
私はピクリと眉をあげた。彼の家族は七月戦役でグレムリンの放った術導砲に巻き込まれて死んだと聞いていた。いや、あの七月戦役でケイジに属していない人間なら、誰しもが……グレムリンの脅威にさらされて、被害を受けたはずだ。考えても仕方のないことだが。
「今日も、テストかい? 整備は完璧に終わってるぜ」
「いや、単にダストの顔を見に来ただけだ」
鏡のようにのっぺりとした頭部。その下に、乱杭歯の醜い顔があることは知っているが、なかなかにスマートな顔つきである。私は戦いの中で、このダスト・グレムリンに近づこうとしている。知ろうとしている。そして、分かろうとしている。
「いつもと変わらん顔だ。帰る」
「おっと、カザミサ。今日は出撃命令が出ているはずだが」
「キャンセルだ」
――直感を信じろ、と言われていた。直感が思わしくなければ、何をしてもいいと言われていた。出撃拒否も、半信半疑だが、以前試したら通った。不思議である。
特別。
例外。
異端。
私も、このダストも全てが規格外だ。だから、私はそのようにする。私の選択が正しいかどうかは分からない。ただ、直感を信じろと言われたので信じる。それだけだ。
次の日、ドックに向かうと見知らぬ女がいた。整備士の格好をしているのだから整備士なのだろう。
「いつもの整備士はどうした?」
「ああ、彼なら処刑されました」
「なん……?」
聞けば、ダスト・グレムリンに細工をした罪に問われたという。あのまま出撃したらエンジンが暴走して爆死していたかもしれない。そう聞かされて、ただ茫然とするほかなかった。
彼はきっと、グレムリンに恨みを抱いていたのかもしれない。あるいは、絶対に死ななない私を試したかったのかもしれない。それはもう分からない。ただ……。
ダスト・グレムリンを見上げる。
彼はいつものように、笑っているようだった。
>>next sectionB -
……
どこへ向かっているのだろう。人は、必ず目的があって行動する。到達する場所があるということだ。しかし、今の私は、まるでランダムに漂うブイのように頼りない。これでは、どこへも到達できない。
未識別兵器群……世界の脅威。どこからともなく現れて、全てを破壊していく。そして、その黒幕も理由も分からない。狂気によって一方的に殴られ続けている。私は、そういった奴らの掃討に駆り出されていた。テイマーズケイジの仕事だ。
きりがない。どこからともなく湧き出す敵を、次々と撃ち落としていく。徹甲速射砲のサイトに捉え、撃つ。デュアルサイスの間合いに近づき、斬る。ルーチンワークだ。退屈な、掃討だった。敵はそのたびにこちらを学習し、機体を改良してくる。それでも敵わない。この私には。
いや、ダスト・グレムリンには。
「この戦いに意味はあるの?」
「世界を護るために、必要です」
「護って、護り続けて、そこに勝利はあるの?」
「世界の維持なくして、勝利はありません」
無感情に告げるTsC(テイマーズケイジ)のオペレーター。世界は疲弊していた。終わりなき戦いに全ての勢力の全力をもって戦っても、なお終わりは見えない。そして、物資や人員、資源、領域はじわじわと削られている。
そしてそれは、七月戦役の傷跡癒えぬ世界には、重すぎる任だった。傭兵たちは金が舞い込んできて潤っているかもしれないが、それはいつまで続くか分からない。
「私はさっさとたどり着きたい」
「どこへ?」
「ゴールに、よ」
敵勢力の全滅を確認。ただ、明日には復活している。以前よりも、強くなって。どうしようもない。根本的な発生源の糸口さえ掴めない現状では、削り殺されるだけだ。
「その機体さえあれば、我々はたどり着けます」
「どうやって」
こうして、無限に敵を叩いているのに、一向にそんな気配はない。オペレーターは珍しく、くすくす笑った。
「虚空領域を永劫化して、救済される、ということです」
「またそれ?」
この専属オペレーターも、No.2も、全く自分の介さぬところで訳のわからない陰謀を企んでいるようだ。それでも、任務だから乗るしかない。気に食わなくとも、なびくほかない。
自分にはゴールが見えていない。この掃討の結果、どうなるかすら。とりあえず、言うことを聞くしかないのだ。その結果、どうなるだろう。
私は幸福になるのか、不幸になるのか、何も変わらないのか。まったく掴めない。ランダムに漂うブイ。それがたまらなく居心地が悪い。オペレーターやNo.2は、到達点が見えている。
「とりあえず、戦えばいいんでしょう」
「正答です。カザミサ。さぁ、戦いましょう」
戦いの果てに、何が待っているのだろうか。
マシンが悲鳴を上げたように軋み、すさまじい動きで突撃を開始する。敵の第二波だ。これも全滅させればいい。私はどこまでも無感情だった。
ただ、
このマシンは……ダスト・グレムリンは、
まるで笑っているようだった。
>>next chapter2 『グレムリン』