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霧の残像領域

長文を流したいけど皆さんのTLを汚したくないときに使う場所です

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ゼロのコラム『はじまりはいつも』
冷たい

寒い

凍える

第6ブロックは、そんな場所だった。霜が降りたダンジョンがどこまでも続く。電気式ランプは、冷たい光を放ち、指先さえ温めない。歯が鳴る。霜を踏む音。足跡が続いている。自分の前方に続く足跡。四足獣の足跡。

「どうしてこんなことに」

つぶやきが漏れた。激動の時代だった。ダンジョンのあったはずの秩序が突如消滅したのだ。それまで、暗黒の時代を超えて、築いた文明、経済、法が、一瞬にして消え去った。

カガクシャと名乗る謎の知識階層。デバステイターと呼ばれる、無機質な軍隊。彼らは滅びの光を身にまとい、ダンジョンの秩序を消し去ってしまった。

まず最初に、流通が止まった。経済でもって結束した社会が、壊されてしまった。デバステイターの破壊によって、商品が届かなくなり、人々は飢えた。

次に、貨幣が意味を持たなくなった。そんなものはデバステイターに対し、無力だった。弱肉強食の時代が始まった。それは残酷な時代だった。飢えた人々は、略奪を始めた。

そして、いつしか法が意味をなさなくなり、そんなものは幻想だと皆が思い知った。暴力こそが絶対的な力となり、人々は最も強い暴力のもとに集った。

歴史に残らない、暗黒の時代――それが再び訪れた。そして、幾年もの時間が過ぎ、ようやく人々は秩序を取り戻した。

その時代に何が行われたのが、どんな血が流されたのが、今ではわからない。ただ、平和が訪れた。限定的であったが……ようやく、人々は安心して暮らせるようになったのだ。


――


超深海『スーパーデプス』、その上空『虚空領域』、そのさらに上……天にふたをする世界の鍋蓋、できそこないの吊り天井。『底抜け天井』もまた、暗黒時代を乗り越え、新たな指導者の下、秩序を取り戻した階層だった。


ダンジョンに広く約束された秩序こそないが、分断されたそれぞれの階層で、断絶したそれぞれの独特な秩序が生まれていた。

『天球統率者』……それが、この『底抜け天井』階層の支配者であり、指導者であった。彼の目指した秩序は厳しい階級制の世界で、能なきものは、下位の階層に放逐され、やがてボロボロの天井から抜け落ちるように、虚空領域の虚無の空へと零れ落ちていった。そんな世界だった。


――


「おれはまだ、零れ落ちるわけには……」

言葉が続かない。強烈な吹雪が、彼を襲っていた。魔法の風雪である。前方に光放つ人影。冷たく彼を見据えていた。

勇者。

遥か古来より息づく、伝説の血統。魔王を破壊するために存在する影にとっての光。そして、魔王である彼を狙う、圧倒的存在。すでに、この冷光の勇者は、彼のそばまで近づいていた。

勇者がもう数歩踏み込めば、彼は打ちのめされ、さらに下位の階層へと零れ落ちるだろう。

「おれは……」

疲れ果てていた。魔王の力を受け継ぎ、護ってきた。かつて、神々とともに世界を作った魔王。それが今や、こうして競争社会の中選別され、打ちのめされている。

「もう……」

電気式ランプを落とし、彼は膝をついた。ミシミシとダンジョンがきしむ。このダンジョンの底が抜ければ、もう後は落ちるだけだ。

目を閉じる。

轟音。

振動。

そして――。

「おれはもう、お前を――捉えている!」

地面を割って飛び出した四足獣! 冷光の勇者は一瞬光を点滅させた後、自分の足場が崩れ去ったことを知り――彼を見ただろうか――伸ばした手は空を切り、虚空領域へと真っ逆さまに落ちていった。

勇者のことだ。また涼しい顔をして復活を果たすだろう。とりあえず今日は、切り抜けたということだ。

冷気を纏った四足獣は、主人の足元にすり寄り、体をこすりつける。

「つめてぇっての」

魔王はゆっくりと歩き出した。四足獣を連れて。はじまりはいつも最下層。彼の隣にはいつも――

『あなたのビースト』がいた



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