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霧の残像領域

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ゼロのコラム『暗闇の並走者』



彼は、配下のアルラウネに指令を出した
勇者はすでに幹部の部屋を攻略し、
魔法陣へと差し掛かっている

敗北が近づいている
しかし、彼は、攻めの一手を崩さずにいた

魔法陣の中心で勇者を待つアルラウネ
視界を共有し、勇者を待つ彼

やがて、三角形の破片が次々と魔法陣に侵入する
それはヨウ素の結晶のように不安定で、尖っている
雪のように舞い込んだ紫の破片は、アルラウネの周りを漂い始めた

あれは、勇者だ

時には戦士の形を取り
時には貴人の姿となり
その正体は、このような不可思議な存在である

アルラウネは歌い始める
勇者とコンタクトを取ろうというのだ

これは指令の通りだ
アルラウネを指揮する彼は魔王だ
本来ならば、勇者を撃退するのが定め

しかし、勇者は魔王を破壊したい
無用な戦いを避け、体力を温存したい勇者
そして、魔王は資産を増やしたい
資産を増やすことで、さらに評価され、多くの配下を雇える

両者の思惑が一致すると、交渉は成立する
勇者は護衛に金を渡し
護衛は契約に従い勇者を素通しする

これが、和解戦法である

もちろん、体力を温存した勇者は、最終的に魔王を追い詰める
つまり、和解してお金を稼ぐことは、
自らの破滅のリスクと引き換えなのだ

そうしてまでお金を稼ぎたい理由が、魔王の彼にはあった


彼には同期の魔王がいた
同期……といっても、すでに遠くの存在になっている
同期は上手に資産を稼ぎ、あっという間に上位階層へと昇って行ってしまった

彼はというと、下位ブロックに配置されたまま燻っている

彼は、怠けているわけではない
ただ、彼の何かが時流や何かとかみ合わない
努力しても、同期の方がもっと先へと進んでいく

最初は、二人とも同じ場所から始まったのに
同じ年に同じように魔王に覚醒したのに
同じように練習して、
同じように夢を追っていたのに

いつの間にか、彼は息を切らして全速力で走っていた
体力の限界まで振り絞って生きていた
けれども、もう一人の彼は涼しい顔で、ずっと先にいる

いつからだろう
並走していたはずなのに
背中を見上げて這いずり回っていた

彼は迷った
何が間違っているのだろうか
彼は何もかもを試した
きっと、追いつける何かがあるはず

疲弊していた
もう、夢を追いかけるどころか
一歩でも前進することしか考えられない

彼は、それでもその視線をもう一人の彼に向けていた

追いつくしかない
俺には、それしかない

自分に言い聞かせるように、和解戦術に手を染めていた

ギリギリまでお金を稼ぐ
ギリギリまで、評価を稼ぐ

一歩でも間違えば、奈落の底だ

奈落

そう、もうすぐ勇者を倒さなくてはいけない
奈落に設置した罠が、わずかに勇者の体力を削いだ

決めるしかない
この魔王領域で

すなわち、彼の居場所である
彼は目を閉じた

キシキシと勇者が舞い降りる音がする

一撃で倒さなくてはいけない
そして、それにふさわしい技があった

魔王攻撃

魔王自らの手でもって、勇者に攻撃する

その威力はすさまじい反面、
自らを勇者の前に晒す危険がある
失敗すれば、死が待っている

彼は目を開け……視界を手にいれた

勇者が目の前に佇んでいた
一瞬、彼は死を思った

もう、頑張らなくていいのかもしれない
もう、追いかけなくていいのかもしれない
もう、休んでもいいのかもしれない
もう、夢を見なくてもいいのかもしれない

そう、彼は――


いや、「彼女」は、勇者の手を取り、代金を受け取った
勇者は魔王領域を破壊する

和解してしまったのだ

彼……いや、彼のアルラウネだ
魔王領域に忍ばせていた、最後の砦

アルラウネが、勇者と和解してしまったのだ

「負けたか……」

彼は、どこか遠くから、視界の共有を切った

命を懸けることは、一度もなかった
彼は、負けたくなかったからだ

たとえ勝てなくても
追いつけなくても
夢に決して届かなくとも
這うように進むことしかできなくても
どれだけ差が開こうとも

彼は、追い続ける限り、もう一人の彼と――


共に走っているからだ


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