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風の門
そこは風が吹き抜ける場所
二度と戻らぬ風を送る場所
******
彼女はタワー港湾部の岬に立ち、はるか水平線を眺めていた
ここからは南の空がよく見える
日は沈みつつあり、夕暮れの涼しい風がそよいでいた
風の門――
タワー南の船着き場の俗称である
ここはまるで橋のようにどこまでも南に延びている
そして巨大な防波堤を築いている
まるでサンゴ礁のように幾重にも張り巡らせた防波堤は
要塞のように、南から来る脅威を防いでいた
タワー防衛戦略
残された、錆びついた世界で
外敵から身を護るためにタワー住人が築いた防壁である
防波堤の各所には砲台が設置されており、
通りかかる船を威圧していた
敵は四方から来る
それを防ぐために、タワー四方には防衛要塞が築かれていた
北にはコロッセオ・レガシィ空母船団
東にはヒルコ・トリフネ空母船団
西には古代要塞サルガッソー
そして、南にはこの防壁である
タワーの貴重な平穏を護るために
防壁は偉大なる役目を果たしていた
彼女は、幾人もの戦士を見送り育ってきた
そして彼女もまた齢25になり
とうとう出陣の日がやってきたのだ
翌朝、彼女はこの風の門を越えて
南海へと征く
岬の地面に腰を下ろし、南の宵空をいつまでも眺めていた
空には巨大天体
星の海が広がり、水平線に溶けて消えている
美しい世界だと思う
そこに死さえなければ
「私は、戦えるだろうか」
不意に彼女の口から言葉が漏れる
自分に言い聞かせるように
彼女の後ろから歩み寄る影がいた
「ほう、戦うのが不安かね?」
振り返ると、シルクハットの紳士が一人、灯台の陰から姿を現していた
顔は闇に紛れて見えない
「誰?」
「半人前……とでも言おうか」
「なにそれ」
紳士はシルクハットを脱ぐ
するとその中から流星が飛び出し、
頭上を一旋してまたシルクハットに戻っていった
「なんなの?」
「半人前だよ、ただの」
「手品師の半人前ってこと?」
「そういうこと」
「絶対違うし」
顔をよく見ようと、彼女は紳士に近づく
しかし、紳士はゆっくりと後ずさる
いくら歩いても、距離は縮まらず
彼女はようやく、自分が一歩も進めていないことを知る
「不思議なひと」
「よく言われるよ」
「何しに来たの?」
「お祝いに来たのさ」
「死に行くことが?」
紳士はもう一度、シルクハットを取る
するとハトが夜空に打ち上がり、
一つの星になった
「25歳の誕生日おめでとう」
「祝われたのは、今日はじめてよ」
「そうか、一番乗りだな」
紳士は再びシルクハットを被る
「世界は変わる。2度とない24歳を超えて、君の25歳が始まる」
「……」
「不安かい?」
「ちょっとは」
「君は風だ。風が迷うことはあるかね? 君はどこへでも行ける。風は、君を乗せてどこまでも吹き抜ける」
「私は戦いに行くほかない」
「戦いの中でも、君の心は……世界に風となって駆け抜ける」
次の瞬間、突風が吹く。彼女の身体を押し上げて、
彼女は高く高く舞い上がる!
どこまでも高く上がっていく
タワーの灯が星のように小さくなる
やがて、先ほど星になったハトが、彼女の肩に止まる
下を見下ろすと、世界がまるで手に取るように見えていた
「これは……」
「飛び方は教えたぞ」
「あんたが飛ばしたんでしょ!」
「いつでも飛べるさ。君は風なのだから」
気づけば、彼女は岬に寝転んで朝日を浴びていた
夢だったのだろうか
しかし――
目を閉じると見えるのだ
地上を見下ろして、世界を駆け抜ける自分の姿が
そう
何度でも
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タワー北部をさまよう巨大空母船団
それは昔からこう呼ばれていた
――コロッセオ・レガシィ
かつての民を、この虚空の海に導いた船
******
彼はこの空母船団の一つ、
「霊場B=12・A」に生まれた
それから24年。彼はここから出ることなく暮らしている
全てが錆びついていた
シャワーから出るのは錆臭い水
毎日の食事には缶詰の総合栄養食
人の気配は少ない
死んだように彷徨う幽霊船
おとぎ話を聞いていた
かつての人々の話
500年前、一つの大戦争が起きた
結果、世界は滅びつくされた
でも……戦争を起こした人々は、この世界から逃げ出した
理想を……平穏の永劫を手に入れるために
架空の夢の世界へと消えたという
残されたわずかな人々は、この錆びた世界で
緩やかに滅びつつある
そんな話を聞かされていた
彼は朝食を終え、船内労働施設へと赴いた
ここでは、船団を維持するための労働を行う
すでに30幾つの船が沈んでいる
船が沈まぬように、船を維持する労働
今日の彼は、船団防衛に赴くことになった
拳銃のベルトを装着し、ボロボロの戦闘機械に乗り込む
二本の腕にのこぎりを装備した格闘機体だ
ビープ音
日に焼けた液晶画面にメッセージ
《オハヨウ メハサメタカ? シートベルト シメヤガレ》
ため息をつき、シートベルトを装着する
戦うのには理由がある
運悪く、今日はそれを思い知る日となった
サイレンが鳴る。訓練を切り上げ、彼は海へと飛び出した
格闘機体は水しぶきを上げて、海の上をすべる
03式パルスバッテリーのもたらす水上浮遊効果だ
操縦レバーを握る。汗で滑る感覚。呼吸を整える
よりによって、自分の当番の時に「来る」とは
《テキ セッキン カクゴ シヤガレ》
海の向こうから接近する影
まるで自分と似ている機体
あれが何なのか知らない
ただ、船を沈める存在ということは分かる
冗談じゃない
こんな滅びた世界に残されて
死の危険に晒されていて
生き残っても得るものなどありはしない
のこぎりを回転させる
チャンスは一瞬。敵を切り刻むか
自分が不可思議な何かで爆散させられるかだ
間合いを測りながら、謎の機体と追いかけっこをする
ふと、夢の世界に逃げた人々を思う
彼らは幸せだろうか
おとぎ話では、彼らは幸せな結末を得るために
世界を何度もやり直すために
世界から姿を消したという
「俺だって、やり直したい」
「成功するまで、何度だっても……」
しかし、チャンスは一瞬なのだ
失敗すれば、それで終わり
「やるしかないんだ」
ふいに影の機体の動きのパターンが変わる
仕掛ける気かもしれないと、彼は恐れた
チャンスは今しかない
「行く……しか」
突然、彼の機体のスピーカーから音がする
若い少女の笑う声
何かを語り合う、幸せそうな声
どこかからの混線だろうか
しかし、こんな幸せそうに笑う人など、この世界にはいない
次の瞬間、世界がぶれて見える
極彩色のイメージが目の前に広がる
全く同じ自分の機体なのに
様々な幸せそうな写真が飾ってある
操縦レバーを握る手は、少女のように細い
そして両腕にあるのはのこぎりではなく、様々なジャンク品
「もしかして、夢なのか……?」
夢の世界を見ているのか?
もうすぐ夢の世界に行けるのか?
そして、自分はもう一度、やり直して、
幸せな結末を……
ビープ音
日に焼けた液晶が見えた
紛れもなく、錆びだらけの自分の機体の
《テキ セッキン ユメハマボロシ メヲサマセ》
「ああ……あああああ!!」
操縦レバーを振り下ろす!
回転のこぎりが影の機体を捉え、両断した
一瞬だった
あまりにも長く思えた幻惑は、一瞬だったようだ
もしかしたら、行けたかもしれない
夢の世界に逃げ込めたかもしれない
けれども……
「俺には、この一瞬しかない」
「錆びた世界で、生きることが、俺の……」
言い訳は思いつかなかった
ただ、彼は思ったよりもこの……錆びた世界が好きなのかもしれないと
思い始めていた
思いは、捨て去るときに最も高まる
もし捨てられないのなら、それはそれで、美しいのかもしれない
《オメデトウ ナカナカヤルナ テキゲキハ》
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その日は空を覆いつくす粉塵がどんよりと暗く湿っていた
ずっと昔の話だ
私は子供で、「彼」もまた子供だった
いま、「彼」は何をしているのか
たまに思いにふけることがある
そう、今のように
「カザミサ、きみは……選ばれたんだね」
「あんた、誰なの?」
最初の言葉は、不思議な言葉だった
その少年は、カザミサを見るなり、そう言ったのだ
「ぼくの名前は嘘だから、教えても意味がないよ」
「じゃあ、何て呼べばいいの」
「……『シャドウ』、そう呼んでいいよ」
どこで出会ったか、記憶が定かではない
私の周りには無数の大人たちが群れている
顔は思い出せない
ただ、皆深刻そうな顔をしていたように思う
彼――シャドウは、ニコニコと私を見守っていた
周りの大人たちとは違い、心から私を……
祝福していたように思える
「シャドウ、あなたはどうしてガラス壁の向こうにいるの」
「だって、ぼくは嘘だからさ。本物の君には、触れられない」
「何なのそれ」
最初は不愉快だった
ニコニコと見透かすように私を見ていた
ただ、その表情の向こう側には、確かな敬意を感じていた
他の大人たちは、怯えていた
まるで繊細なガラス細工を触るように、私にいくつも針を刺していた
そして目を見開き、不思議な機械を凝視していた
シャドウは、私に触れなかった
ただ、毎日のようにガラス壁の向こうに現れて、
ニコニコと私の話し相手になってくれた
「おとぎ話をしようか」
「そんな歳じゃない」
「昔々、あるところに……」
「きいてないし」
「あるところに、一つの箱があったのさ」
「それは開けてはいけない箱と言われていたんだ」
「ある日、いたずらな子供が、その箱を開けてしまった」
「何が出てきたと思う?」
「邪悪な悪鬼さ。全てをめちゃくちゃに破壊してしまった」
「悪鬼は邪悪な脚で世界を14日かけて駆け巡り、14の国を滅ぼした」
「子供はずっと泣いていた」
「でも、気づいたんだ。悪鬼が出てきた箱には、魔法がかかっていた」
「子供は願った。世界をもとに戻してよと」
「その瞬間、大きな蛇が箱から現れて、悪鬼を飲み込んでしまったんだ」
「悪鬼は飲み込まれる前に、一つの呪いを残した」
「何度でも蘇って、蛇殺しの魔法で、世界を滅ぼすと」
「蛇は言い返したのさ」
「悪鬼の鎧と悪鬼の剣は、壊れてしまうだろう。誰を傷つける前に、悉く」
「そして蛇は大地に横たわり、世界になった」
「世界はやがて、箱を見つけて、悪鬼を呼び戻す」
「そして蛇はまたそれを食らい、世界へと姿を変える」
「そんな追いかけっこを、ずっと続けているのさ」
私は聞いたことがあった。古いおとぎ話だ
蛇の呪いが、機械を故障させると、よく言われた
それは《霊障》と呼ばれていた
悪鬼の棲む機械が、呪いを受けて壊れるのだ
グレムリンズ・ギフト……
悪鬼からの、不幸な贈り物
私の記憶はいつもそのおとぎ話で終わる
シャドウが現れると、彼はこっそり私にチョコレートをくれたり
面白おかしい話をしてくれたり
いろいろと他の楽しいことはあった
でも、そのおとぎ話を語るシャドウの表情は悲しげで
それだけが強く印象に残っている
「どうして笑わないの? いつもみたいに」
「ぼくは悲しいのさ」
「おとぎ話を話すことが?」
「蛇と悪鬼は、ずっと一緒になれない」
「そういう話だからね」
「本当は、仲良しなんだよ」
「そうなの?」
「悪鬼はまだ、幼いんだ。世界を救う方法を知らない」
「泣いている子供も、全てを飲み込む蛇のことも、本当は好きなのに」
「何も知らない子供だから、何もかもを壊してしまうんだ」
「でも、君は違う」
「もし君が悪鬼に出会って、教えることができたなら――」
「悪鬼は知るのさ。世界を救う方法を」
回想はいつもそこで終わる
世界を救う
それが何を意味するのかは分からない
私は今、世界を救えるだろうか
何かを知っている者たち
動いていく世界
滅びを知らない機体
私の鋭すぎる””直感””
何を意味するのだろうか
それを知りたいと思った
だからいま、私はこうして……
テイマーズ・ケイジの中枢に忍び込もうとしている
>>next sectionB -
誤報かと思った
信じがたい情報だった
植物園でいつものように、前線の情報を見る
そこに記されていたのは自由傭兵たちの戦果
すさまじい戦果だ。戦死者、ゼロ
「君が来る頃だと思ったよ」
背後から声。柔和な声は、いつものように静かに響く
ケイジキーパーNo.2《リヴ》
彼は、私の前に回り込んで、柳のようにゆらりと椅子に座る
テーブルを挟んだ向こう側で、明後日の方向を見ている
「何がしたいの」
「感想を聞きたくてね」
「まぁ、凄いんじゃない?」
《リヴ》は鋭い目でこちらを見た
何かを見透かそうとしている
そんな目だ
「直感を聞きたいんだ」
「そうね」
私は記事をテーブルに置いて、《リヴ》から目をそらした
植物園はいつものように緑と赤と黄色、少しの紫で彩られている
「作為的なものを感じる」
「ほう!」
《リヴ》に視線を戻す。まるで子供のように輝いた眼
「作られている。この戦闘は。いや、八百長というわけでもなく」
「分かる、分かるよ」
《リヴ》は十分だとばかりに立ち上がり、森の奥へと歩いていく
私は疑問を投げかけずにはいられない
「教えてくれ、この戦闘は一体何なんだ?」
《リヴ》が立ち止まる。振り返りもせず
「あえて言うなら」
森の空を見上げる《リヴ》
「作られたのは、戦闘だけじゃない」
「いや、あまり言うべきではない。嘘がバレてしまうからね」
「でも、嘘をつくのに疲れてきたのかもしれない」
「僕は《キィル》とは違う。こんな、嘘で固めた世界に……」
「なんの価値も見出していないからね」
まるで独り言のようにつぶやく《リヴ》
私は目を凝らした。彼の周囲が、ぱちぱちとひび割れていく
彼の向こう側に、何かが覗いた気がした
何かが……
「そう、作られたのは、《世界》だ」
何かが弾ける音がした
気づけば、去っていく《リヴ》の後姿はだいぶ小さくなっていた
先ほどまでの独り言は何だったのか
何かの幻覚だろうか
しかし、記憶にこびりつくのは、亀裂の向こうに覗いた世界――
植物園の全てが枯れ果て、錆で汚れ朽ちた船内が
一瞬、見えた気がしたのだ
>>next chapter3『潜入』 -
……
私は暇さえあれば、前線の情報をしらみつぶしに読み漁っていた
グレムリンは無敵の兵器であったが、
世界の脅威たる未識別機動体はそれを凌駕する異常だった
信じがたいことに、グレムリンと互角の戦力なのだ
グレムリンと1対1で戦ってようやくいい勝負になる
もはや、グレムリンなくしては対処できないほどだ
現在、グレムリンは広く普及している
それでなんとか、世界の均衡を維持できている
テイマーズケイジ直属グレムリン
三大勢力直下のグレムリン
企業抱えのグレムリン
そして、自由傭兵のグレムリン
そのすべてが未識別機動隊との戦いに繰り出されている
戦いは膠着状態のままじりじりと消耗を続けている
報告書に踊るテイマーズケイジの悲鳴
三大勢力の恨み言
企業の言い訳
そして、自由傭兵たちの死
私は読むことに疲れ、顔を上げた
植物園の緑が私を出迎えてくれた
私は暇になれば、いつもここにきている
そして「読書」をして、日が暮れたら帰る
たまに出撃しては、未識別機動隊を一掃する
この奇妙な生活にも慣れてきたのかもしれない
「むっ」
近くで鸚鵡が飛び立ち、風が巻き起こり、書類が風に舞う
「おや」
書類を拾う手が止まった。気づかなかった記事
「ヴルッフ……グレムリン傭兵を大量雇用……?」
ヴルッフ。世界最大の資産家。グレイヴネットの支配者
そして、それ以外のすべてが不明である
ヴルッフは傭兵を大量に集めていた。ヴルッフの情報には奇妙な点が多かった
資金供与、物資供与を拒否
戦力の提供を主張
しかし、私兵は動かさず、自由傭兵に固執
しかも――
「ダスト・グレムリン選抜試験の試験者リストを要求?」
私は、背筋がぞくりと冷えるのを感じた
底知れぬ「何か」が動いている
それが、なにかは分からない
いすれにせよ……
私の直感は、あらゆる状況において正しい、ということ、だ
>>next sectionC